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高野山へ、授戒を受けに行ってまいりました。日々わたしがまみれている幾多の雑念や煩悩や不浄物をすっきり浄化するためですw
高野山へ行くのは、小学校の林間学校ぶり。


以下長文・写真多用ですのでご注意を。。


梅田からJRを経由して、南海線で2H弱。極楽橋というなんとも素敵な駅まで辿り着き、そこからは急勾配をケーブルカーで上ります。レトロすぎる車内。玉/音放送レベルの音質の車内放送w


高野山へたどりつくと、さすがに山の上だけあってとってもいい気候!お天気は微妙ですが空気は気持ちよく、いい気分で散策開始です。
まずはおなかがすいたのでw、高野山ならではということで精進料理のお店へ。あゆの塩焼き、そうめん、かやくご飯などなど、ヘルシーかつ不殺生なメニュー。久々に食べた鮎がおいしい!合言葉は「殺生、あかん。」←勝手にw
魚は殺生に含まれないらしい。


そしてその後は、第一目的である授戒を受けに、大師教会というところへ(写真暗っ)。
受付をすませ、お坊様が行き来する廊下でしばし待ち、授戒のお堂へご案内されました。


授戒のお堂には窓や照明物は一切なく、扉が閉められるとろうそくの明かりだけが弘法大師肖像画を照らしていて非常に厳かな雰囲気。お坊様に復唱するように指示された「なむだいしへんじょうこんごう」という言葉をひたすら繰り返します。この時点では意味が分かっていないわたしたちw
ひたすらそれを唱え続けていると、お大師様(えらい人らしい)がご入場され、別のお経をお大師様に続いて復唱。聞きなれた般若心経ではなかったですが、真っ暗な中ろうそくだけが灯された空間で言葉を唱えていると不思議と頭の中に一本線のような何かがすっと通った気がして、ぽっと心の中にも静かにろうそくの火が灯ったような感覚。なんだか気持ちが澄んでくるような。
その後は、一人ずつお大師様の前へ進み出て、授戒のお守り?のようなものを受け取ります。・・真っ暗すぎて階段踏み外して落ちそうになったけどな。鳥目が酷いのですわたし。
それを受け取ったあとは、お大師様から今唱えた言葉の意味の説明を受け(なむだいしへんじょうこんごうは、「南無大師遍照金剛」と書き、弘法大師の師号だそうです)、心の目は顔の目に表れるという有難いお話を聞き、授戒の儀が終了。
・・・もちろん足の裏に感覚はなしw


無事弘法大師様と心が通い合い(?)ご利益を受け心が浄化されたところで、大師教会の奥にある、壇上伽藍へ。マイナスイオン出まくりの森の香りがする並木道を抜けて、現れたのはカメラに収まりきらない真っ赤な大塔!建物の中には大きな金色の如来像がファンシーな柱と四仏に囲まれて鎮座していらっしゃいました。お焼香をしてきちんと手を合わせる。
・・ちなみにこの日は何回お賽銭して手を合わせたかわかりませんw


その伽藍の近くにある金剛峰寺に立ち寄ったあとは、バスに乗って、高野山の最奥にある、奥の院へ。
奥の院に辿り着くまでの参道は、樹齢一千数百年と思われる数々大木の林の中に、超有名な戦国武将や皇室、一般の方々のお墓が立ち並ぶなんともいえない空間。お墓以外にも、日本の著名メーカー等の記念碑等も建っていました。大量のお墓というと多少気味が悪いのかなと思っていましたが、木漏れ日の光や数百年ここに佇んでいるのであろう木々の荘厳な姿を見ていると、とても厳かな気持ちに。
↓林に入る前の参道。


奥の院は、弘法大師が入定されたという場所で、そのお堂の中は幾多の灯篭が揺らめく非常に神秘的な場所でした。すごくたくさんの人が般若心経を唱えている納骨堂があったり、ろうそくやお線香がたくさん炊かれていたりと、色々な人の色々な想いや願いや祈りが溢れていました。
私は勿論熱心な仏教徒というわけではないし、日ごろ何かへの信仰心を持って生活しているような人間でもないですが、先の時代を生きた人々の足跡と、それを辿りながら自分の大切な人への想いをそれぞれに手を合わせて伝えようとする人々の姿を見ていると、信仰だとか信心とかといういうものとは別次元で、今ある自分の周りの人々(家族は勿論、友人や知り合い)に対しての想いを濁すことなく純粋な気持ちで持ち続けたいし、それをどんな形であっても、今この生きている時間に伝えなければいけないなと思いました。


奥の院を去ったあとは、お土産などを物色し、また来た道を戻って大阪への帰路につきました。
疲れに疲れきっていたけれど、頭の中はとてもすっきりと。
完全なる思いつきでしたが、来て良かったです!