病気のこと

そんなわけで上記のとおり、11月に人間ドックで発見された病気(内臓系腫瘍)の手術のため、3月頭から約3週間の入院と3週間の自宅療養をしておりました。
意外にも非常に淡々とした日々でしたが、非日常な色々な経験の記憶が薄れてしまうのも哀しいので、事細かに記録しようと思います。
病院とか手術とかが生理的に苦手な方はお読みにならないことをおすすめします(そんなグロくはないですが。。)


12月に初検査をしてから、MRI→PET→CTと検査を繰り返すたびに「良性では無さそう」と言われ続け、最終的には摘出手術をして検査しないと何物なのかはわからないとのことで、手術と相成りました


12月〜3月の手術までのあいだ、表面的には自分でも全く平気なフリをしつつ、本当は毎回検査結果を聞く度に怖くて涙が止まらないような状況でした。
不安ピークは術前説明で先生から手術の内容や合併症のリスクを事細かに説明されたとき。わたしは基本的に超後ろ向きな性格のため、もし癌だったら・・から始まって、決まっても無い未来の闘病生活や闘病にかかるお金のことまで意味もなく心配になって、あげく先生の前で母と一緒に号泣する始末w
今考えると非常に恥ずかしいですがその時はそれどころじゃなかった。今はもうその不安から解消されたからこそ笑えるのだけれど。


でも、そんなビビリまくりな状況だったにも関わらず、意外と手術の前日には腹括ってどしんと構えられていたので、わたしってなんて単細胞?と手術直前に思ったことを今思い出しましたw
手術台に乗って固定されて、点滴の針(血管が細くて入らなくて3回やり直しされた。屍)を刺された時点では超冷静で、「全身麻酔なんてめったに無いんだからこの感覚を記憶せねば!」等とアホなことを考えていましたが、「薬はいりまーす」と言われて全身と脳のあたりがピリピリとしたあと、次に気づいたら名前を呼ばれて起こされていて、もう手術が終わって病室にいた・・という。なんともあっけないものでした。
全身麻酔ってほんとすごいのな。麻酔中は呼吸停止しているそうで(=仮死状態?)、目覚めたあと副作用で吐き気が出るやらなんやら色々脅されて怯えていたのですが、術後も意外と全然平気だった。きっと色々鈍感なんだなわたしの体ってw
唯一あったのは、人工呼吸器で声帯がやられて数週間ほぼ声が出ない状態だったくらい。一生こんなしゃがれた声のままだったら・・と悲しくなりましたがあっさり治ったのでよかったですw


手術は9時〜13時の4時間くらいでしたが、その直後麻酔から冷めてからのまる24時間は食べ物はおろか水分も摂取NGで、その間は本当に辛かった。麻酔のせいか、それとも痛みを庇おうとしているせいか、ずっと意識が朦朧としていて寝てるのか起きてるのか分からないし、それでも喉は乾くし、傷は今まで感じた事のないような鈍痛だし。看護師さんに状況を伝えようにも傷が痛い+声が出なくて口パクパクするしかない。
ずっと同じ姿勢だから腰やら背中やらが痛くなるけど、それ以上に動くと傷がもっと痛いので微動だに出来ない(というかしたくない)とか。
そんな間は、ひたすら時間がただ素早く過ぎ去ってくれることだけを考えてました。それでも不思議と悲壮感はなかったなあ。


手術の翌日昼には、ようやく水分も取れて重湯も口に出来ました。
・・がしかし、腹筋を切られているため水分を摂取すると全部器官に入る→むせる→腹筋に響いて死ぬほど痛い、という魔のスパイラルに陥ることがわかり、モノを口にするのが怖くなるという結果に。。
その後1週間くらいはとにかく腹筋を使うのが恐ろしくてたまらんかったです。笑う、咳する、くしゃみする(←これが最強)、体を起こす、座る、とまあほとんど全ての日常動作が恐ろしかったです。スタスタ歩いているおばあさんを見ては、尊敬のまなざしを送っていましたw
腹筋が使えないだけで、普通のことがこんなに難しいなんて。人間の体というのは実によく出来ている。健常であるということがどんなにすごいことなのか。毎日そんなことを感じていました。


とまあそんな感じで、手術のあとの日々はひたすら痛みと闘いつつも、まったりと時間を過ごしていました。術後経過はすこぶる順調。摘出細胞の検査だけが気がかりでしたが、手術の達成感?に浸ってほとんどそんなことは忘れてましたw
検査の結果は、残念ながら完全良性という診断ではなかったのですが、癌ではないとのことで一応一安心だそうです。うちは全くもって癌家系ではないのでたぶん違うだろうなあとは思っていましたが、とりあえず結果オーライです(単純)


入院中は、母がほぼ毎日来てくれたのに加え、どっちが病人やねん!と言いたくなるような祖父母が来てくれたり、Nちゃんが大好物たくさんのお見舞いを持って来てくれたり、高校メンツが勢ぞろいして病室なのにギャーギャー喋ったり。おかげで退屈することがほとんどありませんでした。
仕事でも、ただでさえ案件抱えすぎな先輩がわたしのタスクを全部引き継いでくれて、どんなに負担だったことだろうと思うと本当に居た堪れないです。
またついったーでも、暇なあまり、ぶつくさぶつくさと凄い勢いでついーとしていましたが、その間にも温かい言葉をかけてくださった皆様がたくさんいて、リアルで知り合いの方にもそうでない方にも、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ネットの世界だってこんなに温かい。
今は本当に、私を支えてくださった全ての人達が有難くて仕方がない。わたしはどんなに恵まれているのか、どんなに良い人たちに囲まれて生活しているのかと、痛感せずにはいられません。
そしてわたしはそんな人たちに、環境に、報いていくことをしなければならない。強くそう思いました。


しかしながら本当に、ついったーがあったおかげであんまり退屈しなかったのはよかった!我ながらナイスタイミングで始めたもんだわ。
あとネットブック持っていったのも超正解!購入してから初めて有効活用出来たと思いますw
入院中に、ドミューンを知ったおかげで夜な夜な消灯後の部屋で、寝ながらひとり夜のクラブ活動したりとかw あんなことしてた患者は他に居るまい。
昨年亡くなった愛犬の後継のわんこが今現在我が家にいるのですが、そのわんこに出会ったのも入院中に見つけたブリーダーさんのサイトででした。PC持っていってなかったら、この子も今うちに来ていることはなかっただろうし。一期一会だなあ。入院していて自由はきかなくても、色々とあるものです。


・・以上脈略もなく書き連ねましたが、そんなこんなの入院生活でありました。
思い返せば人生初のことばかり、しかも痛いことばかりで辛かったはずなのに、喉元すぎればなんとやらであっさりとした1ヶ月半でした。・・・わたし、こんな性格でほんとよかったーw
なんというか、今回自分自身に起きた病気のことがどうこうというよりも、周囲の人達に対する想いだとか、これからの人生の生き方だとか、そんな、普段当たり前に分かっているつもりで実は分かっていなかったことがはっきりと頭の中で像を結んだことが、この1ヶ月半の実りであったと思います。
結果が悪くなかったからこそ言えることなのかもしれないけれど、この1ヶ月半、日常から離れたことで得られたものは、何物にも代え難い貴重なものだと思います。
わたしは、わたしの大切な人に、幸せでいてもらうために生きていく。そんなふわっとした信念も、決して間違いではないと思うのです。